何かいろいろ創作物を入れていこうと思います。広告変更してみた。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「風邪ひきますよ」
わずかな灯りと共に聞こえた声に、ちらりと視線を向ける。
紫が、肩掛けを手に近づいてきたところだった。
どうぞ、と手渡され、礼を言って肩に羽織った。
じわりとした暖かさに、体が冷えていたことに気づく。
「……お前も飲むか?」
傍らの机に置いてある酒の瓶を勧めれば、彼は「頂きます」と言って空いている椅子に腰掛けた。
グラスが触れる微かな音。
それを聞きながら、視線を前に戻す。
視線の先には、暗く黒く森が広がっていて、お世辞にも視界が良いとは言えなかった。
木々の輪郭すら曖昧なほどの、暗闇。
「泣かないんですか」
暫く続いた静寂の中、紫が囁くように言った。
「泣かねぇよ」
忌々しそうに答え、ため息を吐く。
「……覚悟はしてたからな。泣いたって、仕方ない。もう終わったことだ」
淡々と呟く声は、まるで自分に言い聞かせているようだった。
その事に気がつき、顔をしかめる。
紫はそれ以上何も言わず、また沈黙が降りた。
ふと、口を開く。
「何か用事があったんじゃねぇのか?」
「いえ? 寒そうなライを見つけたものですから」
片眉を上げて紫を見ると、彼は何が楽しいのかにこにことこちらを見ていた。
「あー……悪かったな」
がしがしと頭を掻きながら言うと、紫は首を傾げた。
「何がです?」
「……何でもねぇ」
ぼそりと吐き捨て、杯の中身を呷る。
冷えた酒精が喉を灼く。
いつもと同じ酒が、酷く味気ない気がした。
「月が、綺麗ですね」
言われて顔を上げれば、空はひとつの明かりすらない曇天のままで。
「月なんて出てねぇよ」
怪訝そうに言えば、紫の笑い声が返ってきた。
読みかけの本を片手に、土手を歩く。
道の片側に咲いた桜の花はほぼ満開で、花びらが地面をうっすらと染めていた。
ふと足を止めて桜の木を見上げる。
この道の中で一際大きい、桜の木だった。
薄紅色の中に一瞬だけ黒い色が見えた、と思った瞬間、強い風が吹いた。
「!」
思わず目をかばった、その耳元で男の声が響いた。
「またお客さんかね?」
慌てて目を開けると、舞い狂う桜色の空間の中で黒い和服の男が笑った。
「惑わされたは主が最初ではないからの。……ゆるりとしていくと良い。此処では全てが曖昧ゆえにな」
差し招くように、男が手を差し出す。
その手は黒服に反するように白く、陶器のようだった。
躊躇いながら、男のほうに歩を進める。
男はただ微笑んだまま、動こうとしない。
「貴方の……名前は?」
手の届く位置で立ち止まり、不意に浮かんだ問いを口にする。
男はきょとんとし、ついで笑い出した。
「ははは、すまんの。久しく名など聞かれなかったからの……。――儂は稲座という」
「サクラ――。綺麗な名だ」
名を繰り返し、差し出された手を取る。
男の手は冷やりとした、けれど紛れも無い、人の手だった。
道の片側に咲いた桜の花はほぼ満開で、花びらが地面をうっすらと染めていた。
ふと足を止めて桜の木を見上げる。
この道の中で一際大きい、桜の木だった。
薄紅色の中に一瞬だけ黒い色が見えた、と思った瞬間、強い風が吹いた。
「!」
思わず目をかばった、その耳元で男の声が響いた。
「またお客さんかね?」
慌てて目を開けると、舞い狂う桜色の空間の中で黒い和服の男が笑った。
「惑わされたは主が最初ではないからの。……ゆるりとしていくと良い。此処では全てが曖昧ゆえにな」
差し招くように、男が手を差し出す。
その手は黒服に反するように白く、陶器のようだった。
躊躇いながら、男のほうに歩を進める。
男はただ微笑んだまま、動こうとしない。
「貴方の……名前は?」
手の届く位置で立ち止まり、不意に浮かんだ問いを口にする。
男はきょとんとし、ついで笑い出した。
「ははは、すまんの。久しく名など聞かれなかったからの……。――儂は稲座という」
「サクラ――。綺麗な名だ」
名を繰り返し、差し出された手を取る。
男の手は冷やりとした、けれど紛れも無い、人の手だった。
「主」
「なんだ? 飯ならさっき食ったろ」
視線も上げずに応える。
けれど、汀は側に留まったまま、動こうとしない。
何か言いたげな視線をいい加減鬱陶しく思って、読んでいた本から顔を上げる。
「何だよ」
黒い瞳を切なげに潤ませて、汀がじっと見ていた。
小さくて可愛いならまだしも、図体のでかい男がそんな目をしていても感想に困る。
「……用事があるならさっさと言えよ」
片眉を上げて言うと、汀は少し拗ねたように呟いた。
「主が、本ばかり見てるから」
「……」
要するにかまって欲しいわけか。
散歩にでも連れて行けと?
黒い犬に姿を変えた状態を想像して、その違和感のなさに心の中で苦笑する。
「そうだなぁ……。この時間なら、人もいないし散歩でも行くか?」
問うと、汀は嬉しそうに顔を輝かせて頷いた。
尻尾があったらちぎれるほど振ってそうだ。
そう考えながら、茅は読みかけの本に栞を挟んだ。
「なんだ? 飯ならさっき食ったろ」
視線も上げずに応える。
けれど、汀は側に留まったまま、動こうとしない。
何か言いたげな視線をいい加減鬱陶しく思って、読んでいた本から顔を上げる。
「何だよ」
黒い瞳を切なげに潤ませて、汀がじっと見ていた。
小さくて可愛いならまだしも、図体のでかい男がそんな目をしていても感想に困る。
「……用事があるならさっさと言えよ」
片眉を上げて言うと、汀は少し拗ねたように呟いた。
「主が、本ばかり見てるから」
「……」
要するにかまって欲しいわけか。
散歩にでも連れて行けと?
黒い犬に姿を変えた状態を想像して、その違和感のなさに心の中で苦笑する。
「そうだなぁ……。この時間なら、人もいないし散歩でも行くか?」
問うと、汀は嬉しそうに顔を輝かせて頷いた。
尻尾があったらちぎれるほど振ってそうだ。
そう考えながら、茅は読みかけの本に栞を挟んだ。
「ある、じ?」
「そうだ。今から俺が、てめぇの主だ」
きょとん、と見上げてくる黒い瞳に、そう宣言した。
その時から、こいつは俺の下僕になった。
「主!」
憤慨したように、汀が走ってくる。
あの頃は小さくて可愛かったのに、今じゃ俺より背が高い。
「主、俺を置いていくなんて酷いじゃないか!」
「うるさいな。たまには一人にさせろ」
うんざりしたように手を振る。
力は強くても頭は弱い。
汀は俺の周りを四六時中うろうろして、何かあれば主、と騒ぎ立てる。
「主、じゃなくて名前で呼んでみろよ」
ふと思いついて言ってみる。
にやにやと意地の悪いと自分でもわかってる笑みを浮かべながら、反応を待つ。
きょとんと首をかしげている姿は、昔を思い出させた。
目線の高さはずいぶん変わったが。
「かや?」
何の屈託もなく言われて、頬に朱が走る。
「い、いや、やっぱり主で良い!」
「何故だ? 茅?」
「えぇい黙れ! あっち行け!」
赤くなった顔を見られたくなくて、走り出す。
汀が追いかけてきたらきっとすぐ追いつくだろうけれど、彼は数歩後ろを困惑した様子でついてきていた。
何故こんなに心臓がうるさいのかわからない。
きっとこいつの所為だ、と振り返ると、捨てられた子犬のような風情で汀がじっと俺を見ていた。
その様子が何だか可笑しくて、つい笑みをこぼした。
汀は一瞬目を見開いて、けれどすぐに嬉しそうに笑った。
「そうだ。今から俺が、てめぇの主だ」
きょとん、と見上げてくる黒い瞳に、そう宣言した。
その時から、こいつは俺の下僕になった。
「主!」
憤慨したように、汀が走ってくる。
あの頃は小さくて可愛かったのに、今じゃ俺より背が高い。
「主、俺を置いていくなんて酷いじゃないか!」
「うるさいな。たまには一人にさせろ」
うんざりしたように手を振る。
力は強くても頭は弱い。
汀は俺の周りを四六時中うろうろして、何かあれば主、と騒ぎ立てる。
「主、じゃなくて名前で呼んでみろよ」
ふと思いついて言ってみる。
にやにやと意地の悪いと自分でもわかってる笑みを浮かべながら、反応を待つ。
きょとんと首をかしげている姿は、昔を思い出させた。
目線の高さはずいぶん変わったが。
「かや?」
何の屈託もなく言われて、頬に朱が走る。
「い、いや、やっぱり主で良い!」
「何故だ? 茅?」
「えぇい黙れ! あっち行け!」
赤くなった顔を見られたくなくて、走り出す。
汀が追いかけてきたらきっとすぐ追いつくだろうけれど、彼は数歩後ろを困惑した様子でついてきていた。
何故こんなに心臓がうるさいのかわからない。
きっとこいつの所為だ、と振り返ると、捨てられた子犬のような風情で汀がじっと俺を見ていた。
その様子が何だか可笑しくて、つい笑みをこぼした。
汀は一瞬目を見開いて、けれどすぐに嬉しそうに笑った。
「了」
不意に呼びかけられて、そちらに視線を向けた。
「何用だ」
声に含まれる棘を隠そうともせずに吐き捨てる。
だが、その声にわずかも色を変えずに、呼びかけた人物が言った。
「日が決まった」
かすかに眉間に皺を寄せて、顔を見返す。
影に紛れそうなほどの黒髪の隙間から、感情の押さえられた目が覗いている。
「穿」
静かに呼びかけると、ちらりと目に動揺がよぎった。
それを見て、了が自嘲気味に笑う。
「そんな顔をせずとも、逃げたりはしない」
けれど、穿は痛みを堪えるような表情で了を見つめた。
「……了」
「日が決まったのだろう? これで、日々を煩わされずに過ごせるというものだ」
肩を竦めて言うと、突然抱きしめられた。
「穿?」
「……どうして、了が」
苦渋に満ちた、絞り出すような声に、了が微笑う。
「もう決まったことだ」
「了……!」
抱きしめられた体を無理やり離す。
この腕の中は心地よいけれど、甘んじるわけにはいかない。
「もう行け。あまり長くいると、他の者がうるさいぞ」
視線を伏せたまま、穿に告げた。
手を放した状態で動かない穿に背を向ける。
すべてを拒絶するかのように。
もう振り向かないと分かったのか、かすかな軋み音を残して穿が立ち去る。
拳を握りしめて俯く。
一緒に行けたら。
この場所から逃げ出せたら。
その思いを閉じ込めるように、牢の扉が閉まる、硬質な音が部屋に響いた。
不意に呼びかけられて、そちらに視線を向けた。
「何用だ」
声に含まれる棘を隠そうともせずに吐き捨てる。
だが、その声にわずかも色を変えずに、呼びかけた人物が言った。
「日が決まった」
かすかに眉間に皺を寄せて、顔を見返す。
影に紛れそうなほどの黒髪の隙間から、感情の押さえられた目が覗いている。
「穿」
静かに呼びかけると、ちらりと目に動揺がよぎった。
それを見て、了が自嘲気味に笑う。
「そんな顔をせずとも、逃げたりはしない」
けれど、穿は痛みを堪えるような表情で了を見つめた。
「……了」
「日が決まったのだろう? これで、日々を煩わされずに過ごせるというものだ」
肩を竦めて言うと、突然抱きしめられた。
「穿?」
「……どうして、了が」
苦渋に満ちた、絞り出すような声に、了が微笑う。
「もう決まったことだ」
「了……!」
抱きしめられた体を無理やり離す。
この腕の中は心地よいけれど、甘んじるわけにはいかない。
「もう行け。あまり長くいると、他の者がうるさいぞ」
視線を伏せたまま、穿に告げた。
手を放した状態で動かない穿に背を向ける。
すべてを拒絶するかのように。
もう振り向かないと分かったのか、かすかな軋み音を残して穿が立ち去る。
拳を握りしめて俯く。
一緒に行けたら。
この場所から逃げ出せたら。
その思いを閉じ込めるように、牢の扉が閉まる、硬質な音が部屋に響いた。