----------------------------
ずるり、と腕が沈む。
むせ返るような血の臭いに、息が出来ない。
一刻も早くこの場から逃げ出したいのに、床を踏みしめる足は滑ってしまって立ち上がることすら間々ならない。
「……ッ、は……」
吐く息ですら生臭い。
這うように、部屋の外へ向かう。
決して狭くないその部屋は、いつもなら日の光を浴びて明るい光に満ちていたはずだった。
今、部屋の中は暗い。
外はきっと光に満ちているのに。
窓は全て赤く塗りたくられ、乾き始めた所からどす黒く色を変えている。
色の薄いところからの日差しに、部屋の中はかろうじて見ることが出来た。
はっきりと見えないことに、少し気持ちが楽になる。
この部屋一面に広がったモノを、はっきりと見なければならかったら、きっと正気を保ってはいられないだろう。
今も、自分が正気なのかすでに判断がつかない。
もう狂ってるかもしれない。
ふ、と意識が遠のいた瞬間、ずるりと手が滑ってその場に倒れた。
鼻をつく異臭。
これだけ長い時間此処にいて、それでも麻痺することがないなんて。
体を支えるためについた手が、柔らかく沈み込む。
「……ッ!」
生暖かいそれが何であるか、脳が認識するのを避ける。
考えたくない。
早く。
この部屋から。
出ないと――。
ざわり、と背中が震えた。
今は部屋の中ほど。
あと2メートルくらい進めば、ドアがある。
けれど。
身体が、動かない。
この部屋に、自分以外動くものは居ないはずだ。
なのに、この威圧感は何だろう。
誰か。
居るのか。
心臓の鼓動がうるさいくらいに響いている。
反対に、指先は酷く冷えていた。
ゆっくりと、振り返る。
振り返りたくはないと、精神が悲鳴を上げている。
けれど、動きが止まらない。
何かに操られているかのように振り向き、それを見た。
「――――ッ!!!」
声にならない悲鳴が上がる。
見たくないのに、目は見開いたままそれを凝視していた。
事切れて、それほどの時間は経っていない。
だからこそ、それはまるで赤く壊れた人形のようだった。
髪に、肌に、服についた血が、ぼたぼたと音を立てて床に跳ねる。
左腕が無い所為か酷く不安定に、けれど確実にこちらに向かって歩いていた。
眼窩は、空ろだ。
片手を伸ばし、救いを求めるように歩いてくる。
動けなかった。
身の竦むような恐怖と、圧倒的な悲しみで、彫像のように身体を強張らせたまま、近づいてくるそれを見ていた。
視界が滲む。
瞬きすらせずに凝視する、その瞳から、一筋涙がこぼれる。
感情の抑制は効かない。
ただ近づいてくる指先を見つめ、それが触れる間際。
彼はそのまま意識を失った。
惨劇の赤。
あの後、何があったかは覚えていない。
ただ、あの部屋にあった赤は全て拭い去られ、あの場に居たであろう人々は痕跡もなく消えうせていた。
まるで夢だったかのような、現実感の無さだけがあった。
けれど覚えている。
この手が、この身体が。
あの惨劇を感じ、覚えているのだから。