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 彼女は花のように笑った。
 目を閉じたその寝顔を眺めながら、彼は手を取る。
 小さな、白い手。
 少しやつれた頬も白い。

 するりとした感触のその手をゆっくりと撫でていると、彼女は僅かに身じろぎをして目を開いた。
「起きた?」
 いつもと同じように、と微笑むと、彼女は僅かに目を細めて細く息を吐いた。
「……夢を、見てた……」
「楽しい夢?」

 儚い声に、囁くような声で問うと、彼女は一旦目を閉じて言った。
「……そう、ね……。楽しかったわ。皆で、草原へ遊びに行くの。空は晴れてて、皆笑顔で……」
「お弁当持って?」
 彼女は嬉しそうに微笑んで、視線を彼に向けた。
「ええ。張り切って作っちゃうもの」
「それは楽しみだな」
 くすくすと二人で笑いあう。

 ふ、と彼女の視線が遠くなる。
「行きたいわね……」
「行けるさ。……行こう、皆で」
 握った手に少し力を入れて、彼が言う。

 込められたのは切実な願い。

 きょとんと目を開いた後、彼女は彼の顔を見て笑った。
 彼の一番好きな笑顔で。

-------------

 一つの墓の前で彼は、項垂れたまま立ち尽くしていた。
 小さな子供が、不思議そうに彼を見上げる。

「かあさまは?」
 問いかける子供に答えられず、彼は膝を突くと子供を抱きしめた。
 強く抱きしめる身体が、微かに震えている。
「とうさま、ないてるの?」
 抱きしめられた子供は首を傾げて、自分を抱きしめる彼に小さな腕を回した。

「なかないで、とうさま」
 子供は彼の服を握り締め、肩口に顔を埋めた。

 ごめん、と彼が囁く。
 約束を守れなかった。
 一緒に行こうといったのに。
 行けると言ったのに。
 彼女はもう二度と、彼らに会うことはできないのだ。

 抑えきれない嗚咽を宥めるように、子供が背を撫でた。

 強い衝撃を感じた。

 左腕。
 視線を向けると、二の腕から血が流れていた。
 切られた。
 けれど、この程度ならまだ問題は無い。
 他の手足はまだ動く。
 休んでなど居られない。

 切り伏せろ。
 殺せ。
 動くものが何一つなくなるまで。

 目の前には、彼と同じような年の少年。
 考えるな。
 あれは、倒すものだ――。

 気がついたら、立っているのは彼ひとりだった。
 周りに動きは無い。
 どこか遠くで、歓声が上がっているのが聞こえる。
 両手どころか全身血まみれだ。
 手が滑って、持っていた剣を落とす。

 荒い呼吸と、薄くなっていく意識の中で、彼の中の何かが壊れていく音がした。

 視界が回る。
 否。
 回っているのは本当に俺か。
 自分の立っている場所さえ不確かで、俺はその場で踏鞴を踏んだ。

 思考がまとまらない。
 体が重い。
 何だろうこの吐き気は。

「ルベア」
 名前を呼ばれた。
 ここ何日かで随分聞きなれた声だ。
 重い目蓋を無理やりこじ開けると、目線より随分下に茶色い頭が見えた。

 獣の、顔。
「……オルカーン」
 確かめるように彼の名を呼び、背後の幹に背を預ける。
「やっぱり休んでいこう。顔色が酷く悪いよ」
 落ち着かなさげに尻尾を上下させ、オルカーンが言う。
「……問題ない」
「駄目だ。次に休めるところに行くまで体が保つかわかんないだろ?」
 きっぱりと言い、押し付けるように身体を摺り寄せる。
 その勢いに抗えず、ルベアはその場に腰を下ろした。

 立っているよりは少しマシになった視界で、オルカーンが警戒するように周囲を見回す。
「何かいるのか」
 一通り見た後で、オルカーンは首を傾げて尻尾を一度だけ振った。
「この近くには誰もいないようだよ。何かあったら起こすから、それまで寝てなよ」
 そう言って身体を押し付ける。
 ふかふかしたその手触りに、ルベアはゆっくりと意識を手放した。
 脱力した身体を視線だけで振り返って、オルカーンはこっそりとため息をつく。

 こんなになるまで無理しなくても良いだろうに。
 彼は、他人に頼ろうとはしない。
 それは知り合って程なく、気づいたことだった。

「まぁ、こういう時ぐらいは頼って欲しいけどね」
 ぽつりと呟き、背中の温かさを感じながらオルカーンも目を閉じた。

「驚いてくれるかな」
「驚いてくれるよ」
「その為に、頑張ってきたんだもん」
 抑えきれない笑みを交わしながら、子供たちは机の影に身を潜める。

「こら、静かにしないと駄目だよ」
「見つかっちゃうね」
 口元に指を当ててまた笑う。

 ふと、扉の向こうから足音が響いた。
「来た」
「来たね」

 しん、と先ほどまでの笑い声を抑え、扉の向こうを伺う。
 足音は扉の前までくると少しとまり、徐に扉を開いた。
 入ってきたのは、白い髭を蓄え、少し腰の曲がった老人だった。
 呆れたような苦笑を浮かべながら、彼は腰に手を当てて彼らを呼んだ。
「三人とも、出ておいで」
 一拍おいて、子供たちがひょこりと顔を見せる。

「あんな大規模な魔法を使うなんて、何かあったらどうする気だね」
 言葉は叱っているが、表情は柔らかく、声にも怒気は無い。
 子供たちは僅かに身を乗り出して抗議した。
「だって、長に見せたかったんだもの!」
「そうだよ! だって今日は」
「長の……」
 老人は困ったように微笑んで、両手を広げた。
 それを見て、子供たちが駆け寄っていく。
「……そうか。優しい子だね。君たちは」
 駆け寄った子供たちが老人にしがみつく。
「けれど。年寄りに心配かけるもんじゃないよ」
 子供の一人が、そうっと顔を上げる。
「……うれしくなかった?」
 不安そうな彼の顔を見て、老人はきょとんとした後に破顔した。

「そんな事はない。とても、嬉しくて誇らしかったよ」

 その言葉に、不安そうだった子供たちは一斉に老人を見上げ、笑顔をこぼした。

 言葉が、頭の中で繰り返される。
  自分を諌める言葉だ。

 復讐など虚しいだけだと。

 使い古された言葉で。
 経験したものにしか持ち得ない重みを持って。
 ゆっくりと、目を閉じる。

 思い出されるのはいつもの光景。
 赤に染まる視界。
 動かないモノ達。
 昨日まで笑っていた者を、情け容赦なく、それこそ笑いながら奪った者。

 どうして許せよう?

「……今更だ」
 吐息が漏れる。
 復讐を心に決めてどれだけの年月が経ったのか、もはや覚えていない。
 胸の内を激しく噛む憎悪に、感情が擦り切れていく。
「ルベア、早く行こう」
 視線の先で、オルカーンが心配そうにこちらを見ながら尻尾をぱたりと振った。
「……今行く」

 それで良いの?

 そう問う声をあえて振り切るように、ルベアはその場から離れた。

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プロフィール
HN:
沖縞 御津 または 逆凪。
趣味:
絵描き文書き睡眠。
自己紹介:
のんびり人生万歳。
1日20時間ほど寝れるんじゃないかと最近本気で思う。
でもこの頃睡眠時間が1~6時間と不規則気味。ていうか足りない。
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