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何かいろいろ創作物を入れていこうと思います。広告変更してみた。
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 獣が、すっと目を細める。
「……引く気はないのか」
 きしるような声が降ってきて、驚きに目を見張る。

「……お前、意識が?」
「あるよ」
 かすれた問いかけに、憮然とした色を滲ませた声が答える。
 抵抗なしと感じたのか、獣が体の上から退く。
 半ば呆然としながら上半身を起こし、獣をまじまじと見つめた。
 話の通じる魔獣は初めてだ。

「まったく、見境無く襲ってくる奴ばかりだ」
 憤然と獣が言う。
「はじめに話しかければ良いんじゃないか?」
「そうしたら面白いからと捕まえようとしてくるよ」
「そいつは?」
「食い殺した」
 さらりと、僅かに怒りを含ませて獣が応える。
「まぁ賢明だな」
 ポツリと呟くと、驚いた気配が伝わった。
「人は人の味方だと思ってた」
「馬鹿の味方をする気はない」
 そう言って立ち上がると、傍らに転がった剣に手を伸ばす。
 それを鞘に収めると、自分を凝視している獣の視線にぶつかった。
「……? 何だ?」
「いや……殺すのかと思った」
 呆然としたように獣が言うと、呆れたように片眉を上げる。
「それは俺の台詞だろう」

 あっという間に負けた。
 実力の差は歴然としている。
「それに、俺はお前を殺したいわけじゃないからな」
 囁かれた言葉はほんの小さな声だったが、獣には十分聞こえた。
 獣が問うように首をかしげる。
 僅かに間をおいて、獣と同じ赤い瞳を、獣に向ける。

「お前は、理由も無く人は殺さないだろう」
 言い放ってきびすを返す。
 その背に、声がかけられた。
「待てよ」
 振り返った彼に、獣が問う。
「どこかへ行く途中なのか?」
「いいや」
 興味なさそうに応える。

「それなら、俺を連れて行ってくれないか」
 唐突な申し出に、目を見開いて振り返る。
「何……」
「誰か……探していたところなんだ。この姿じゃ限界があるから」
 しん、と沈黙が満ちた。
 お互いに見つめあったまま、動かない。

 真意が、見えない。
「何故、俺なんだ?」
 警戒する心を押し殺し、静かに問う。
 獣が僅かに視線を揺らす。
「あんたは、俺を恐れない。それに……」
 ちらりと、彼の持つ剣に視線を落とす。
「まだ完成してない」
 彼はため息を吐いて背を向けた。
 足を一歩踏み出して、振り返る。
「やりたいことがあるなら行き先は決まっているのか?」
「! あぁ」
 傍らに走り寄る獣を待って、歩を進める。
「俺はオルカーン。お前は?」
「ルベアだ」
 視線すら向けずに無愛想に言う彼に、獣は一度だけ尻尾を振った。

 わぁ、と声が上がった。
 歓声ではない。
 恐怖の混じった、悲鳴だ。

「魔獣だ――……」

 聞こえた言葉にぴくりと顔を上げる。
 街道の前方から、何人かが駆けてきた。
 躊躇いもせず、流れに逆らって走り出す。

 程なく、大気に血臭が混じり始めた。
 逃げる人影はすでに遠い。
 がさり、と鳴った草むらに視線を走らせる。
 音との距離は少し遠い。
 街道を離れ、その音に向かって音も立てずに走った。

「!」
 僅かに開けた場所には、血溜りが広がっていた。
 その中にところどころ混じる獣の毛に、人が襲われたわけではないのかと思う。
 そのまま視線を上げようとして、凍りつく。

 何か、いる。

 押し殺した、けれど存在を主張する、気配。
 それは忍び寄る冷気のように気がつけばその場を満たしていた。
 萎縮しそうな体を、ゆっくりと呼吸することで正常に戻す。
 気配の元は右斜め前方。
 草むらに隠れて、姿は見えない。
 呼吸に合わせてそちらに視線を据え、左手で剣を抜き放つ。

 ためていた息を吐き出した瞬間、それはこちらに飛び出してきた。
 振り下ろされた爪をかろうじて剣で受け止め、後ろに流す。
 体重を殆ど感じさせないしなやかな動きでそれは地面に降り立つ。

 薄い茶色の毛並み。
 赤い目は鮮やかな血色をしている。
 額に目があることと、尾が二つに分かれていることで、魔獣だと分かる。
 背の高さは四足の状態で腰くらいあった。
 じり、と間合いをつめる。
 何度目かの呼吸の後、短く息を吐いて一歩を踏み出す。
 その勢いのまま大きく踏み込んで刃を振り下ろす。
 それが獣に触れる寸前、獣はするりと避けて背後に回った。
「……!」
 振り向こうとした瞬間に足元を払われた。
 倒れた衝撃で息が詰まる。
 その上に、獣が前足を乗せて動きを封じた。
 剣は倒れた時に手から離れてしまっている。
 武器はまだあるが、今の状況では獣が足に力を入れるほうが早い。
 せめてもの抵抗と、目の前にある顔を睨みつけた。

「何しに来た」

 開口一番言い放った彼は、不機嫌をあらわにした表情で訪問者を睨みつけた。
「何って、遊びに来たに決まってンだろ。ていうか久しぶりなのにそれかよ」
 呆れたようにため息をつきつつ、僅かに首をかしげる。
「お前と違って私は忙しいんだよ。いちいち覚えてられるか」
 エルは嫌そうに言い捨て、それでも入れるように扉を引きあける。
 礼を言って中に入り、へぇ、と感嘆の声を漏らす。
「お前すごいとこに住んでんだな」
「馬鹿言ってないでさっさと来い」
「ははっ! お前相変わらずだな」
 気にした風も無く笑って、後について歩く。
 ひとつの部屋に案内し、少し待てと言い置いて廊下に戻る。

「旦那様、お友達ですか?」
「! 違う!」
 つい大声を出してしまい、小さく舌打ちをする。
「……とりあえず、茶を頼む」
「はい」
 憮然とした言い方に侍女は微笑んで応える。
 そのままきびすを返す彼に、侍女は笑いながら指摘した。
「旦那様、耳まで真っ赤ですよ」
「良いから行け!」
 さらに赤くなって指示をすると、足早にその場を去った。
 侍女は覗き見ていた者と、ひそやかに笑いあった。

「あー、暇だー」

 ごろりと机に突っ伏す青緑の頭を見て、深々とため息をつく。
「そんなに暇なら棚の整理でもしてくれ」
「やだ。つまんない」
「私より年上の癖に子供じみたことを言うな」
「生まれたのはディリクのほうが先だよ」
「この世界では、だろう」
「まぁそうだけど」
 否定せずにぼんやりと壁を見る。
 目的があったわけではなく、ただその方向に壁しかなかっただけだ。
 何の変哲も無い壁を見ていてもさらに面白くないので、視線を反対側に向ける。

 蝋燭の炎の下で、めったにかけない眼鏡姿のディリクが何かをいじっていた。
「何それ」
 問うと、彼は作業の手を止めて怪訝そうにこちらを見た。
「……何って、お前が持ち込んだんだろう」
「あー、そういえばそうだっけ」
「お前な……」
 脱力したようにディリクがつぶやく。
「ごめんごめん。直りそう?」
「あぁ」
 ぱちりと音を立てて蓋を閉じる。
 そのまま、軽く投げてきた。
「ほら」
「わぁ。すごい動いてる」

 それは、懐中時計だった。
 カチカチ、と一定のリズムで秒針が動く。
「よく直せたね」
 素人ではむしろ壊しやすいものだったはずだ。
 それ以前に、彼は時計を見たこともなかっただろうに。
「何かが外れているような音がしたからな。そこをいじっただけだ」
 使用した道具を仕舞い、片手に眼鏡を持ったまま目頭を押さえている。
「大事なものなのか」
 しばらくして、ルシェイドの方を見ないまま、彼が口を開いた。

 ルシェイドは時計を弄びながら、静かに頷いた。
「……形見みたいなものだね」
「そうか」
 ディリクはそれだけ言って、後は黙って眼鏡を仕舞った。

「僕にはわからないんだ。どうしたら幸せなのか。何があったら不幸せなのか」

「それは幸せの定義による」
 半ば呆然と呟いた言葉に、彼が酷く平坦な声で応えた。

「……万人が幸せになるなんて、夢物語だよ」
 言葉を、吐き出す。
 こんなにも力があるのに、僕はこんなにも無力だ。

「万人を幸せにしたいなら、眠りに落とせば良い。夢の中で、それぞれがそれぞれの願いのままに生きていける」
「……それを、生きるって言うの」
「気がつかなければ、現実も夢も大差ない」
 淡々とした口調はいつもの彼のようだったけれど、感じたのは少しの違和感。

「……どうして怒るの」
 君が、怒る理由など。
 心底不思議そうに聞くと、彼は表情を険しくして言葉を吐き出した。

「お前が! ……お前が、そこまで背負う必要など無いだろう……!」
 誰かの分まで、重みを。
 ……悲しみを。

 言わんとしていることを悟って、僕は表情を歪めた。
「ごめん……ディリク……」
 泣きそうな声で、囁くように言うと、彼は辛そうに視線を逸らした。

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プロフィール
HN:
沖縞 御津 または 逆凪。
趣味:
絵描き文書き睡眠。
自己紹介:
のんびり人生万歳。
1日20時間ほど寝れるんじゃないかと最近本気で思う。
でもこの頃睡眠時間が1~6時間と不規則気味。ていうか足りない。
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