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何かいろいろ創作物を入れていこうと思います。広告変更してみた。
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「私はね。自分が死ぬことに恐怖は無い。ただ、それを悲しむ人がいないようにと思うだけだよ」

 ぽつり、と呟いたのは何時のことだっただろう。
 その時私の隣には彼が居て、いつもと同じような口調で短く笑った。
「青臭ェ理想論なんざ言ってんじゃねぇよ。それが叶わねェことくらい、てめェが一番良く知ってんだろうが」
「だからだよ。だからこそ、あの二人が何処まで行けるのか、見てみたいじゃないか」

 視線は遠く。
 空の向こうまでは見通せないのだけれど。

 緩く吹く風に髪が煽られる。
 喧騒は此処まで届かない。
 血の臭いも、此処ではすべてが遠い。

「……そういうもんかね」
 呆れたように、彼がため息を吐く。
「そんなものだよ。死体を見るのに飽きたのは君だけじゃないのだから」
「まぁな。けど、何処も彼処も死体だらけだってのに、まだ止めようとしねェのが人間らしいとは思うがな」
「まぁ否定はしないよ」
 苦笑して、視線を落とす。
 今、立っている場所より少し下には、此処まで行軍してきた部下達が野営をしている。

「……アンスリウム」
 静かに囁くように、けれどはっきりと、彼が名を呼んだ。
 振り向いた視線の先で、彼が言う。
「時間だ。そろそろ行かねぇと」
 彼の目が酷く悲しそうに揺れていると感じるのは、きっと今の自分が不安定になっているからだ。
「……ラクス。あの二人を、助けてあげてくれ」
 通り過ぎ様、それだけを言う。
「……ッ……てめェが助けろよ!」
 背後から、彼が怒鳴る。

 口元に淡く笑みが浮かんでいた。
 私はあの声に、振り向かなかった。

「――レイン!!」
 叫んで、手を伸ばそうとした。
 手は、動かなかった。
(ああ)
 利き手である左手は剣を握っていて。
(この腕は)
 反対側の手は感覚が無く。
(もう動かないんだ――……)
 走り寄るのは間に合わない。
 オルカーンはかなり離れたところにいて、いくら彼が早くても確実に間に合わないのが見て取れた。

 レインは。
 全身に無数の細かい切り傷を負ったまま、よろめきながらこちらに向かってこようとした。
 けれど、彼の元にまでは届かない。
 脇腹を抉った傷口から、夥しい血が流れ出していた。
 普段から白い肌は、青白いを超えて土気色に近い。

 彼はふわりと笑ってその場に崩れ落ちた。

「レイン!」
 悲痛な叫びにオルカーンが振り返る。
 傍らに剣を放り出し、触れようと伸ばした指の先で、レインが崩れていった。
「ルベアッ!」
 間近まで走ってきたオルカーンが、迫り来る刃をはじく。
「ぼんやりするな! ……!?」
 オルカーンの叱咤する声をどこか遠くに聞きながら、傍らに転がったままだった剣を手に取る。
 振り向きざま、迫っていた影を切り捨てた。
 その勢いのまま、剣を振るう。
 麻痺した思考の片隅で、あぁ、やはり彼は人ではないのだなとぼんやり考えていた。


「……ルベア! もういい!」
 オルカーンの叫び声にはっとして立ち止まる。
「……あ、あぁ……」
 ぼんやりと、周囲を見回した。

 動くのは自分たちだけだった。
 残りは、食われたか、逃げたかのどちらかだった。
 足元に転がった死体を見てため息をつく。
「……くそっ!」
 苦々しげに吐き捨て、剣に付いた血糊を払い落とす。
 先ほど彼が倒れた場所には何もない。

 彼の服も、流した血も、何も。

「行こう。此処もまた戦闘になる」
 いつもと違う硬い声でオルカーンが促す。
 ふ、と軽く息を吐く。
「……分かってる。行くぞ」
 徐々に近づく喊声を聞きながら、彼らは足早にその場を離れた。

 その時目に入ったのは、赤黒い人影。
 白かったはずの刀身は血脂で鈍く光り、振るわれるごとに悲鳴が舞った。

 凍りついたように、ただその人影を見ていた。
 血に染まる服を。
 愉悦に浸るその表情を。

 立ち向かう人も逃げ惑う人もみんな動かなくなった頃、その人影は楽しそうに笑いながら走り去った。
 何もかも動かなくなって、彼はひっそりとその場から動いた。
 月光に照らされてなおはっきりと見える赤色に混じる他の色彩は、誰かの一部だ。

 知った顔。
 友人だったモノ。
 形相があまりにも歪んでいたり、潰されていたりで分からないものもあった。

 涙は、出なかった。
 がくりと膝が崩れ落ちた。
 石畳だったはずのそこは、水溜りのような音を返した。
「は……はは……」
 これは、夢だ。
 たった一夜で、たった一人で、こんなことができるはずがない。

 だから、これは、夢だ。

 目が覚めたらいつもと変わらない朝で。
 いつもと同じように一日が始まるんだ。
 だから、早く、夢から覚めなくちゃ。
 

 通りかかった旅人からの通報でその場に駆けつけた東大陸駐在部隊が発見したのは、腐敗し始めた死体の山と、その傍らの赤黒く乾いた石畳に座り込み、自失した少年だった。

 ふかふかとした毛並みをブラシで梳く。
 柔らかな茶色のそれは、ブラシをかけるたびにつやつやと光る。
 ふわりとした匂いは、深い森の清冽な空気に似ている。

 一心不乱にブラシをかけていると、不意に毛並みの下が波打った。
「……なぁ、それいつまでやるんだ?」
「……うーん」
 毛並みの持ち主からの抗議に生返事で応え、更にブラシを動かす。
「おい、いつまでやってる。そろそろ行くぞ」
 草むらから現れた人影が、呆れたように彼らに声をかける。
「もうちょっと」
「そう言ってからずいぶんたつんだけど。ルベアも何か言ってやって」

「あんまりやるとハゲるぞ」
 ぼそりとルベアが呟くと、獣がぴくりと身をすくませた。
 ブラシをかける手が止まる。
 名残惜しそうに手で梳き、ブラシをしまった。
「気は済んだか?」
「済んでないけどハゲたら困る」
「それは俺のせりふだよ」
 困ったように尻尾を振って、オルカーンが立ち上がる。

 しなやかな動き。
 延々とブラシをかけられていた所為で毛並みは酷く綺麗だ。

「行こう。早くしないと日が暮れる」
「はーい」
 おとなしく返事をして、彼も立ち上がる。
 名残惜しそうに毛並みを見ながら、後を追った。

 こんなはずじゃなかった。
 望んだものは、決してこんなものではないはずだった。

 両手に伝わるのは肉を断つ感触。
 すでに剣は切れ味を落とし、それを振るう体力も尽きてきていた。
 血臭は怨嗟と共に体にまとわりつく。
 足元に転がった敵兵は、あどけない子供の顔をさらしていた。

「ルース!」

 自分を呼ぶ声に、はっとする。
 間近に迫っていた刃を反射的に叩き落し、返す刀でその持ち主を切り捨てた。
「ぼんやりするな。まだいるぞ!」
 近くに来た人影に、ひとつ頷く。
 部隊をまとめる隊長である彼は、ルースが問題ないのを確認すると、また敵へと向かった。
 血糊で柄を持つ手が滑る。
 きつく握りなおして、反射的に敵を倒していく。

 こんなはずじゃなかった。
 これは、人々を守る為の、力だったはずなのに。

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プロフィール
HN:
沖縞 御津 または 逆凪。
趣味:
絵描き文書き睡眠。
自己紹介:
のんびり人生万歳。
1日20時間ほど寝れるんじゃないかと最近本気で思う。
でもこの頃睡眠時間が1~6時間と不規則気味。ていうか足りない。
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