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何かいろいろ創作物を入れていこうと思います。広告変更してみた。
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 藪を掻き分けて、山道を駆ける。
 かなりの速さで走っているのに、藪はあまり大きな音を立てない。
 密やかに、けれど全力で走るその表情は淡々としていて、息はほとんど切れていない。
 ちらり、と後ろを振り返る。
 大きく、小さく、追いかけてくる松明の火が見えた。
 視線を前に戻す。
 後ろになびく髪は通り過ぎる枝に引っかかることも無く、夜目にも白く見えた。
 自分の位置を頭の中で確かめながら、鬱蒼とした藪を通り抜けた。
「!」
 ぎくりとして足を止めた。
 そこには小さな人影があった。
 闇にまぎれそうな黒髪と、猫の目のように光る双眸を驚いたように見開いている。
 見つかった。
 けれど、目の前の子供一人なら振り切れそうだ、と思った。
 遠くから聞こえてきた足音に、目の前の子供がびくりと肩を震わせる。
 松明の炎は村人が近づいている証拠だ。
 子供は目の前にいる自分よりも、松明の方を怖がっている様子だった。

 草を踏む音が、これほど緊張を強いられるものに感じられるのは初めてだった。
 足音で探るなら、二足歩行のもの。
 けれど気配の大きさから、それが魔人以外の何者でもないとはっきり感じられた。
 魔人に敵う人間はいない。
 できるのは、気づかれないように隠れ、興味の対象を他に移して立ち去るのを待つだけだ。
 気配はしばらく留まっていたかと思うと、遠ざかるように薄れて消えた。
 はぁ、と細く安堵の息を漏らす。
 その途端。

「見ィつけた」

 声が降ってきた。
 ぎくりとして振り仰ぐと、木の幹に垂直にしゃがみこんだ人影がこちらを見下ろしていた。
 物理的にありえないその現象に凍りつく。
 笑顔で見下ろすその顔はひどく美しい。
 すっと通った鼻梁に蠱惑的にあがった口元。
 形の良い眉の下には、はっきりとした目が、鮮やかな光を放ってエクエスを凝視していた。
 緩く編まれた髪は無造作なのに形よく整い、絹のように光沢を放っていた。
 けれどそれは地面に向かって垂れず、彼がしゃがむ木の幹に向かって垂れている。
 物理法則を無視した、美しい人外。
 総じて、魔人と呼ばれるモノ。
 今までこれほど近くで見たことはなかった。
 体が動かない。
 呼吸すら難しい。
 それはくるりと身軽に地面に降り立ち、振り返る姿さえ優美に見えた。

 その空間に響く旋律を圧して、その声は響いた。
「猶予をやろう人の子よ。貴様の目の光はもはや我が手の内にある」
 鈴を転がすような軽やかな声が、残酷な言葉を紡いでいく。
「甘く芳しい酒のような声で唄うことは許さぬ。貴様の声が届いた相手は悉く滅びゆくように! ──これは呪いぞ! さぁ受け入れるが良い! これより先、貴様は私以外の者の前で歌うな」
 一方的に言い切る相手からは遠慮というものがない。
 手足を拘束され、視界も閉ざされたまま歯を食いしばる。
「だが、今この時より十年やろう。もしも貴様が私の最も嫌う太陽の光を永久に扱い、操れるようになれたのなら、貴様はもはや私の前に現れずとも良い。だが出来なければ貴様は私が飽きるまで歌い続けてもらおう!」
 高らかに笑い声が響いたと思った次の瞬間、彼は自分の体が浮き上がるのを感じた。
 地面に触れない心許ない状態に、体が強張る。
 けれどすぐに、放り出されるような浮遊間と共に空気の匂いが変わった。

 何が、起きた。

 声はもう聞こえない。
 混乱していると、強い衝撃があった。
 頬に草が当たる。
 日の光が当たる感覚があって、それで外に出たのだとわかった。
 現在地はわからない。
 ただ全身にあたる日の光と、頬を撫でる風が感じられるだけだった。

「歌が、歌えるのか」

 深い深い森の中、崩れ落ちた廃墟の石柱に腰掛けて弦を爪弾いていると、背後からそんな声が聞こえた。
 草を踏む音はしなかった。
 けれど、微かな衣擦れの音がした。
 答えずに一度、弦を弾く。
「……歌が歌えるのなら、歌ってくれないか」
 声は平静を装っていたが、滲み出るように疲れが聞き取れた。
 暫くの沈黙のあと、彼がぽつりと言った。
「俺の歌は呪いの歌だ。死にたくなくばやめておけ」
 耳に心地よい低音が、背後の気配を制す。
 声はそれ自体が音楽のように響いたが、囁きほどの声音だったので少し掠れていた。

「……構わない」
 背後の声が呟く。
 同時に、どさりと重いものの落ちる音がして声が低い位置に来た。
「……死に際の、頼みだ……」
 僅かに声が震えている。

 彼は一音、高く弾くと、おもむろに歌いだした。
 その途端、空間が鮮やかな色で満たされた。
 その歌は低く流れるように、その場に浸透していく。
 音と歌が溢れ、それに圧倒されて他の全ての音が掻き消える。

 歌は、祈りだ。

 最後の一節を歌い終え、竪琴の音が消えた時、背後の気配は完全に息絶えていた。
 彼はため息をひとつ落として立ち上がると、荷物を持って立ち上がった。
 慣れた手つきで、けれど大事そうに竪琴を抱え、彼はその場から歩き去った。

 廃墟の傍らには死者が一人。
 木漏れ日を浴びながら、石柱に凭れるように横たわっている。
 身体は傷だらけだったが、その顔は何処か幸せそうに微笑んでいた。

「ってなことで逃げてきたんだよォ」

「……それは賢明な判断だとは思うが、それで何故私のところに来る」
 半身を水に漬け、水浴びをしていた彼は不思議そうに首を傾げた。
 表情もほぼ無表情、動きも最小限なので注意して見ないと見落としてしまいそうだ。

 水の苦手な氷雨は少し離れた枝の上から、下に向けて腕を振った。
「此処が安全かなァと思って」
「……」
 無言で、彼は水の中に入れていた手をゆるく動かす。
 わずかな水音をさせて、彼の動きに合わせて水が揺れる。
「……確かに鴉を食す習慣はないな」
「まァ白雨も天泣も、俺を食ったりしないって知ってるんだけどねェ」
 くたり、と自身より細い枝の上にもたれかかる。

「周りの者はそうは思わないだろうな」
 呟く声に、氷雨がため息をついた。
 その途端、バランスを崩して湖の中に落ちてしまう。
「!」
 銀箭はすぐに落ちた場所まで行くと、水から出ようともがく彼を救い上げた。
 体格は同じくらいなので本気で暴れられると困る。
 苦労して岸まで引っ張り上げると、氷雨はしばらく放心したように座り込んでいた。

「……俺、濡れるの嫌いなのにィ……」
 水を滴らせながら情けなさそうに呟く氷雨を見て、銀箭は久しぶりに声を上げて笑った。

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プロフィール
HN:
沖縞 御津 または 逆凪。
趣味:
絵描き文書き睡眠。
自己紹介:
のんびり人生万歳。
1日20時間ほど寝れるんじゃないかと最近本気で思う。
でもこの頃睡眠時間が1~6時間と不規則気味。ていうか足りない。
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